聖書に書かれている事柄のエッセンスは、
様々な宗教に比して最高に荒唐無稽なものの一つだと感じます。
特に、ナザレのイエスが十字架上で流した贖罪の血潮が、
それを信じる者に完全な罪の赦しをもたらすこと。
さらにイエスは三日目に復活し、新しい被造物の初穂となられたこと。
これらは六日間の天地創造や、イエスが処女マリヤを通して生まれたこと
などと並んで、さらにそれよりも説明不能で馬鹿げたことに思えます。
きっと元々のイスラム教や原始仏教などの方が、ずっと理性的なんじゃないでしょうか。
何で、私はこんなことを信じることができたのか、本当に不思議です。
でも、これらのことが事実であることを何故か知ってしまった。
それがまた聖霊の働きであることも疑い得ない自分がいます。
でも、信者ではない人たちから見れば全くもって愚かな事柄でしょうし
「これが真理だー!」なんて声高に叫んでも、もっと愚か者に思われるでしょう。
ただ、神でありながら人となられたナザレのイエスを信じることが、
どういう結果をもたらすのかということを、
その生活を目撃してもらって、それが確かにイエスのいのちの香りを
漂わせているなら、それこそ素晴らしいことでしょう。
その上で、神のみことばを語り伝えることができれば一番ですね。
今日の集会では、このようなことを分かち合っていました。
さて香りと言えば、私とって「昭和の香り」を味わわせてくれる名曲があります。
↓ このテーマ音楽は、さりげなく、シンプルに
昭和40年代ごろの匂いを伝えてくれます。
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