2012年05月13日

荒唐無稽だけど

「信仰」って不思議だな、と、最近つくづく思います。
聖書に書かれている事柄のエッセンスは、
様々な宗教に比して最高に荒唐無稽なものの一つだと感じます。

特に、ナザレのイエスが十字架上で流した贖罪の血潮が、
それを信じる者に完全な罪の赦しをもたらすこと。
さらにイエスは三日目に復活し、新しい被造物の初穂となられたこと。

これらは六日間の天地創造や、イエスが処女マリヤを通して生まれたこと
などと並んで、さらにそれよりも説明不能で馬鹿げたことに思えます。
きっと元々のイスラム教や原始仏教などの方が、ずっと理性的なんじゃないでしょうか。

何で、私はこんなことを信じることができたのか、本当に不思議です。
でも、これらのことが事実であることを何故か知ってしまった。
それがまた聖霊の働きであることも疑い得ない自分がいます。

でも、信者ではない人たちから見れば全くもって愚かな事柄でしょうし
「これが真理だー!」なんて声高に叫んでも、もっと愚か者に思われるでしょう。

ただ、神でありながら人となられたナザレのイエスを信じることが、
どういう結果をもたらすのかということを、
その生活を目撃してもらって、それが確かにイエスのいのちの香りを
漂わせているなら、それこそ素晴らしいことでしょう。

その上で、神のみことばを語り伝えることができれば一番ですね。
今日の集会では、このようなことを分かち合っていました。


さて香りと言えば、私とって「昭和の香り」を味わわせてくれる名曲があります。

↓ このテーマ音楽は、さりげなく、シンプルに
 昭和40年代ごろの匂いを伝えてくれます。

タグ:信仰
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2012年05月05日

流石ですね

昨年8月に世界フェザー級のタイトルを失った長谷川選手。
その後あまり音沙汰が無い感じでしたが、おっとどっこい。
まだまだ健在のようですね。

久々のノン・タイトル戦に登場した長谷川選手は、
相変わらずシャープな動き、回転の速いコンビネーションを
見せてくれていました。

なんとなく、体がフェザー級の体に近づいてきているような。
昨年より体の厚みが増し、上体と下半身のバランスも良くなり、
全身の動きにもパワーを感じるのは私だけかな。

流石に一流選手。無為に時を過ごしているわけではなく、
明日がよく見えない時期にあっても、次の時代に向けて
鍛えるべきところを鍛えているんだろうと思います。

年齢的にもまだまだですから、
焦らずに着実にパワーをつけていって、
新たなストーリーを切り開いてほしいです。


posted by ゆばる at 22:46| Comment(0) | TrackBack(0) | ボクシング

2012年04月25日

視点は様々だけど

ものごとを見る視点は人により様々。
だけど、事実は一つだけ。

歴史は強者によって作られる。
しかし、事実は神の御目の前にある。

下記は、アル・ワタンという新聞記事の抜粋です。
(途中と終わりを省略してます)
これも一つの視点。

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2012年4月24日『アル=ワタン』

【複数通信社】

サウジアラビアとカタールは、言葉の上だけで国連特使コフィー・アナンの計画に関わり、
武装反体制派への資金供与や、シリア国内への武器の送り込み停止の誓約をしてい
るが、新ヤーブースの税関事務局は昨日(23日)、大量の武器や弾薬をレバノン籍の
観光用車の中から押収した。この車はレバノン人が運転し、シリア人が同乗しており、
シリアへの入国を企てていた。現在までにわかっている情報では、押収物は上記二国のうち
一国により供給されたものであると言う。
レバノンでは、軍情報局員が、武器を積み、2人のレバノン人と1人のシリア人を乗せた車を
拘束した。この車は、北部シリア・レバノン国境に向かっていた。
このことは、サウジアラビアとカタールがシリア人を出来るだけ多く殺戮する汚い行為の
継続を計画していたことを示している。〜


〜さらにイスラーム系ウェブサイトは、ヒムスにおける複数のチュニジア人、
及びリビア人の多くの殺害を伝え、一方『ワシントン・ポスト』は
多くの「聖戦士」が存在し、戦闘のために、レバノン北部からシリアに入ろうと
していることを指摘した。
シリア・アラブ軍は、「イスタンブル評議会」に利用されている、
多国籍の多くのテロリストをすでに討伐した。
アメリカとトルコのメディアが明らかにした情報によると、
これらテロリストはサウジアラビアやカタールから、シリア軍との戦闘のための
資金援助を受けている。

メディアのレポートは、最近大々的に、いくつかの近隣諸国による、
過激派武装集団のシリア侵入のための活動を報じている。
そこでは、サウジアラビアが、同国で逮捕されているアル=カーイダのメンバーを釈放し、
彼らをシリアに送り込んでいることが述べられている。
これは、トルコとヨルダンの仕業であり、両国はシリア人に対するテロ行為
を行うため、リビアやアフガニスタンの過激派を彼らの国に集めているのである。〜

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ところで、日本にも様々な若者たちがいるのですね。
人が心に抱く「こころざし」って不思議だなと思います。
(↓ 2008年ごろの映像らしいです)

posted by ゆばる at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年04月23日

移り行く風情

家庭集会は相変わらず続いています。

たいてい4曲ぐらいの賛美の歌を、無造作に、
単純に歌うのですが、いつもその中で神に触れられます。

長年にわたり教会ピアニストをやらされてきた私にとって、
賛美の伴奏をどのようにすれば会衆が盛り上がり、
魂の感動を呼び起こせるかという、
一種のテクニックを身に付けてしまったのですが、
そんなものを一切使わず、最もシンプルな形で
ただ歌うだけ。それでも十分なんですね。

いわゆるメッセージなるものは、最近はたまにしかありません。
どちらかと言うと、互いに聖書の言葉を基に語り合う中で、
ある一つの導きが浮かび上がってきて、それを皆で確認し合う・・・
するとそれでお腹一杯になってしまう時が多いです。
(なので、録音もしていないのです)

だから「集会」と言っても、始まったと思うとすぐに終わってしまう。
はっきり言って人間的魅力はゼロですが、
私たちには今の所これで良いようです。

でも、「集まり」の有り方は、
それぞれの地域や土地柄、季節に応じて
様々なバラエティーがあって当然だと思います。
私たちも、何か他の有り方に導かれたら、
その導きに応じて変化していくでしょう。

う〜ん、、他にもいろいろ書きたいことはあるのですが、
まだ時が熟していません。
そのうち、ボツボツと書ければいいかな、と思っています。

CIMG8700.JPG
posted by ゆばる at 12:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年04月17日

戸外の雨、風

最近、あるクリスチャンの方と食事をしていて
今更ながら気づいたことを、つらつら書いてみます。

家族そろって一つの地方教会を去ってから2年半。
その間、ひっそりと神を賛美し、聖書のみことばを分け合う中で、
いつも「共におられる主イエス」との明確な交流がありました。

自分を取り囲む教会堂の壁が無くなり、
その分、戸外の雨や風に直接曝されるようになり、
今まで感じたり考えたりしないで済ませていたことどもを、
自ら感じ取り、考えるようになりました。

家族の中では、私が一番教会堂に深く関わっていたので、
その変化を感じる度合いも大きく、多少の戸惑いもあります。
しかし、残りの連中は、以前よりも生き生きと、
神から与えられている人生を楽しんでいるようです。
真の羊飼いの守りは確かなものです。

もちろん辛い事に向き合うことも多いですが、
その辛さに正面から直接曝され、向き合うことにより、
人間として成長できる機会にもなるんですね。

こうは言っても、教会堂が悪いとは思いません。
その壁に囲まれて、戸外の雨、風と無縁であるかのように
生活してしていた私の心の構えに問題があったと思うのです。

そんなわけで、今まで意識しなかった色々な事を直に感じ、
考え、少し戸惑いながら、天空の下を歩く今日この頃です。
posted by ゆばる at 12:39| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2012年03月29日

正念場かな

たまには書かないと、書かないことに慣れてしまう。
いろんな面で、今は我が正念場のようです。

さて、何故か知らんけど、私的に気にかかるシリア情勢。
わが国の表のニュースとは全く異なる内容の記事が、
クウェートの新聞アル・ワタンに載っていました。
はたして真相は何処に?


〜引用始め〜

2012年3月28日 水曜日 『アル=ワタン』

【本紙】

 アル=アサド大統領が訪問したのは、過去数カ月間、湾岸の豪族や欧米がテロの中心地、
シリアの中心で最新の兵器、待避壕、トンネル、シリア・アラブの戦闘員、
反シリア的報道機関の特派員を備えた橋頭堡にしようとしていた地域である。
彼らは、この地域をシリアの人民と国家に対する「世界革命」のための安全地帯にしようとしていた。

 しかしながら、これらの計画は全てこの数日のうちにシリア・アラブ軍の手により打倒された。
シリア軍は、歴史的勝利を記録した。そして、シリアに対する攻撃基地、
諸般の事件の発生源の姿を変え、
ヒムス市の住民を、彼らの街や住居を占拠していたテロ・殺戮・虐待・老若男女の誘拐から解放した。

 昨日、一国民のバッシャール・アル=アサドは同胞であるバーバー・アムルー街区の住民と会うため
外出した。住民たちは、彼らの住居に戻っていた。アル=アサドは、彼らの近況を尋ね、
互いに安心させあった。同様に、大統領として破壊された社会資本の修復・復旧を視察した。
そして、責任者たちに迅速な復旧、復旧日程の策定とその公表、街区の住民が家に戻るための作業の
倍増を求めた。また、バーバー・アムルー街区をかつての姿よりも良くすることを約束した。

 一方、シリア軍の総司令官として、アル=アサドは同地区にいたシリア・アラブ軍の将兵と会見し、
彼らに謝意を述べると共に、彼らの力を称え、即応力と士気を高揚させた。アルーアサドは、
司令部と人民は軍の要員全員の安全を熱望していると強調した。軍の要員たちはシリアの子弟であり、
同胞たちを防衛しているのである。〜(後半省略)〜

〜引用終わり〜

(引用元)
http://www.el.tufs.ac.jp/prmeis/news_j.html


実際に起こっている事の全てを把握している人は極僅かだろう。
しかし、この世の知者ではなくても、この世の力は持っていなくても、
イエスと彼のみことばを信じる人は揺り動かされることが無く、
足元を照らすともし火を見ながら、細い声を聴き分けながら、
安息の内を生き抜くことができるでしょう。



posted by ゆばる at 13:43| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2012年03月17日

消えない懸念

書くのが久しぶりになってしまいました。
私的に、今は日常の営みに集中しなければならない
時期なんですね。

さて、聖書を神のことばと信じるクリスチャンにとって、
魅惑的なこと・・・例えば、

(一)科学や考古学が、聖書に記されていることを実証している、
   とする情報。

(二)今、まさに聖書の預言がリアル・タイムに成就しつつある、
   という情報。

特に日本のようにクリスチャンがマイノリティーである社会において、
一般社会が図らずも聖書の真実性を立証するような情報を公示した場合、
信者としては大変嬉しくなってしまうわけです。

しかし素直に喜んでしまって良いものかどうか。
そのような情報を流し、受け入れさせているのが誰であるかも知らずに。
そんな情報に頼らずとも、神由来の信仰がストンと心に落ちるなら、
それで十分だろうとも思うのです。

米国あたりでは音楽のジャンルに「クリスチャン・ミュージック」なる枠があり、
けっこうビジネスとして成立し、信者たちを喜ばせたりもするけれど、
それらをプロデュースしているのは、信仰とは無縁の人々である場合も
あったりするそうな。

現在、終末の預言の成就とささやかれている事態の本質は、
はたして本当に神のことばを証しするものなのか、
それとも単に人間が聖書を逆手に取って利用しようとしているのか。
その辺りで、どうも胸中の懸念が消えないわけです。

しかしまあ、時が来れば全ては明らかになります。
自分の懸念が単なる不信仰や霊的鈍感さによるのなら、
そのことを必ず思い知らされるでしょう。


(↓ シリアについてのリポートの一つ)

posted by ゆばる at 22:22| Comment(4) | TrackBack(0) | 信仰

2012年03月02日

思い入れ

思い入れの強いタイプの人がいます。
私もきっとその仲間です。

その点、天の父なる神はどうなんでしょうね。
御子イエスが、あのパレスチナ地方をを歩まれた時代に
日常の言語として人々の間で話されていたアラム語と、その世界。
その言語にまつわる生活習慣、情感などに対して、
御父はどのような思い入れをもっておられるのでしょう。

シリアには、そのアラム語を保ち続けている地方があるそうで、
それは凄いことだなと思います。
人はもちろん、羊たちでさえ、アラビア語とアラム語の
両方を理解するのだとか・・・。

知識に欠けた私には何のコメントもできませんが、
この手のものにはどうも感動してしまうのですね。
イエス様はどう思い、どう感じておられるのでしょうか。

posted by ゆばる at 19:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 歴史

2012年02月23日

一羽飼い

今、家にはインコが一羽(ハル)になりました。
この一週間ほど闘病生活を続けていたクロは
昨晩、8年10ヶ月の命を終えました。

昨年の11月に左足を痛め、それからは虫箱生活を
続けていましたが、もともと体の左側に内臓の問題を
抱えていたらしく、足を痛めたのも
それが原因だろうと思います。

一羽目の修一が病気になった時は、
飼い主が何とか助けてやろうと奔走したため、
かえって闘病生活を長引かせてしまった経緯がありました。

それで、今回のクロの場合は、
鳥が生きようとする力に委ねて、
人間達はそっとフォローするという形を採りました。
短い闘病の後、静かに命を終えたので、
これで良かったのだろう、と思っています。

もう一羽のハルは、時折クロを捜す様子も見せますが、
案外へっちゃらに普通の活動をしています。
ハルの場合、知恵が足りない点が幸せなのかもしれません。

↓ 生後3ヶ月ぐらいの頃のクロ。ヒナ時代は本当に黒い鳥さんでした。

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posted by ゆばる at 13:15| Comment(4) | TrackBack(0) | 鳥さん

2012年02月14日

天にあるエルサレム

お風呂に入っている時、ふと頭に浮かんだ歌。
映画「炎のランナー」のラスト近くで、
教会堂に集う人々が歌っていた歌。

何だっけ? と、検索してみると
「エルサレム」という歌で、イギリスの聖歌とのこと。
ただ、意外な内容の歌詞でした。
「イングランドにエルサレムを建てるまで〜云々」

ということは、キリスト者が霊的な意味での「神の都」を
イングランドに打ち建てる願望についての歌なのでしょうか。
分かるような分からないような、ちょっと謎めいています。
しかし、いかにもイギリスらしい音楽ですね。



ところで、キリスト者たちが日々、刻一刻と近づきつつあるのは、
地上のどこかではなく、「天にあるエルサレム」(ヘブル 12:22)。
大牧者イエスはご自分の羊たちを、そこまで導かれます。


↓ 2月12日の家庭集会音声(11分半)。最初が切れてますが、
 ヨハネの福音書10章の1〜16節あたりを開いていました。
 このお話は極めて即興的なもので、いかにも言葉足らずですので、
 いつかこの続きを分かち合えう機会があるかもしれません。

posted by ゆばる at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | キリスト教